東京パフォーマンスドール PLAY×LIVE『1×0』EPISODE 1

記者発表会で明らかにされたのは、今度の東京パフォーマンスドールが当面、「PLAY×LIVE」(プレイバイライブ)という形で、一つの公演において演劇とライブの両方を見せていくということ。
僕としてはライブさえ見られればそれでいいのだが、演劇も決して嫌いではない。だいたい、旧TPDのフォーマットをそのまま踏襲するだけでは新しいものなど生まれないし、ただ安易なリバイバルはTPDらしくないような気はするので、今回はこういう形だというのであれば、それに従うしかないだろう。
※もちろん、では何がTPDらしさなのか? という疑問も生まれるが、その答えはいずれ考える

ただ、これはTPDに限った話ではないのだが、たとえどんなに演者が魅力的であろうと、演劇は脚本や演出と自分の感性との相性が悪いと、うまく楽しめないものだ。公開稽古のときに配られたフライヤーに書かれていた、『1×0』(ワンバイゼロ)という公演の基本設定、

物語の舞台は「2013年シブヤ」。地下深くに張り巡らされた流水路に引きずり込まれたTPDのメンバーが見たモノは−−。「1×0」の本当の意味とは−−。

を読んで、そんな不安が膨らんでいた。結論から言えば、杞憂であったし、当たってもいたのだが……。

なお、8月15日〜18日に上演されたのは、そんな1×0の「EPISODE 1」。ちなみに「EPISODE 2」は8月22日〜25日に、「EPISODE 3」は10月11日〜14日に、「EPISODE 4」は11月21日〜24日、そして1×0の最終話となる「EPISODE 5」は12月20日〜25日に上演される予定となっている。

 

■『1×0』EPISODE 1

さて、EPISODE 1の内容に話を移そう。  以下は、劇場を出てから記憶をざっとメモしていき、それを数回繰り返して差分をとったものをベースに、公演パンフレットの内容を加味しつつ、せーのでまとめてみたものだ。なので順番は前後しているかもしれないし、さまざまな部分で勘違いしているかもしれない。あくまでも僕が見た舞台はこうだった、というだけの話である。と、最初に言い訳をしておく。

座席に座って正面を見ると、ステージには半透過タイプの幕が下りており、そこにTPDのロゴが投影され、さらには水中を思わせるSEが流れていた。上演開始を告げる影ナレの途中、TPDメンバーが舞台裏に駆け込む足音と、少しはしゃいだ様子で口々に「凄いことがあった」「世界を救った」などと語る様子が聞こえた後、本編がスタート。
ハンドクラップ音にキック音、そして「Clap Your Hands」というボイスが流れると、ステージ上に並べられた三面の壁に映し出されたオーディオイコライザーも、それに合わせて動く。2小節のブレイクを挟んで、記者発表会のときにも披露された、「ダイヤモンドは傷つかない」のパフォーマンスがスタート。

演劇とライブの融合とはいえ、やはりライブから始まるのかと思いきや、実はこれこそが演劇の起点であった。曲の途中、突然挟まれるノイズ、床に膝をつくメンバー、再度歌い出すも、再びのノイズ……。白い衣装をスクリーン代わりにしたプロジェクションマッピングが挟まれた後、曲は完全に停止してしまった。明らかに、何かのアクシデントが彼女達に起きている様子だ。

場面が変わり、乗車率160%ぐらいはありそうな鉄道(駅のアナウンスから察するに、山手線だろう)がシブヤ駅に着き、ドアが開いた瞬間、そこから押し出されるかのように飛び出してきたのは、TPDのリーダーである高嶋菜七と、小林晏夕の2人。 ステージ上の壁面に映し出されるハチ公口の交差点には、いつの間にか10人のメンバーが勢揃いし、メンバーが持つ立方体や直方体、そして壁面に各メンバーの名前が映し出されていく。やがて上空には、CGで描かれたペンギンの姿が浮かぶ。10人がそれに気付いた直後、「オロローン」と鳴くペンギン(ペンギンという設定になっているが、ウミガラス?)。突如鳴り響く鐘の音。轟音。悲鳴を上げる10人。

どうやら彼女達は、ハチ公口の交差点から、どこかへ向けて落下を始めたようだ。落下しながら10人は順番に、そのときの思いを語っていく。このシーンはおそらく、各メンバーの性格をそれとなく示しつつ、この物語に込められた謎を解決するキーワードを提示したり、メッセージの類を暗喩するためのものだったのだろう。
それもあってか、現在の状況を説明するというよりは、どこか、過去に起きた出来事を回想しているかのような印象も受けた。

例えば菜七は、「今日(TPDとしてのライブの日)が来るのが不安だった。今日なんてこなければいいと思っていた。(こんなことになってしまったのは、そう思っていた)私のせい?」という少しネガティブな心境を。晏夕は「歩くのも面倒臭い。シブヤの真ん中でこんなことがあるなんて、アトラクションみたい」と、退屈な日常を打破する事件を、少し喜んでいるかの様子だった。
美波沙南は「ディズニーランドのアトラクションみたい。東京ディズニーランドはTDL、私達はTPD、凄くない?」と、妙に脳天気なことを言う。橘二葉は、「早く着いたので駅前で天津甘栗を買った」と報告。浜崎香帆は「交差点を渡る前からイヤな予感がした」と博多弁混じりに語る。
飯田桜子が「今日のライブでみんなを驚かそうと思っていたのに、こんなことになるなんて」と、「らこちゃん」という一人称を交えながら話すと、神宮沙紀はそんな桜子のことを「苦手」と一刀両断しつつ、突拍子のない出来事が起きても、冷静に受け止めてしまうと、自身の性格を説明。
上西星来は「地球や惑星が落下し続けている夢を見た。昨日読んだ本か、例の予言のせいかも?」と、文庫本を手に持ったまま語る。読書好きで想像力が豊富で、少し殻に籠もりがちな性質の持ち主なのかもしれない。直後の脇あかりは対照的に、スマートフォンで「落ちてる 助かる方法」と検索。大量の検索結果に困惑し、「ネットは便利か不満なのか分からないけど、大丈夫」と明るく前向きな姿勢を見せる。
そして最後に櫻井紗季が、「1×0」という選ばれた人しか参加できないSNSがあったが、そこに「東京・シブヤに星が降り、孤独な世界をゼロにする」という謎の予言が書き込まれる、大騒動を巻き起こした挙げ句、1×0自体が閉鎖されてしまったことを説明。また、1×0は「ドール」と呼ばれるアバターを使ってコミュニケーションをはかるタイプのSNSであったようだが、それが「Amebaピグ」のようなものなのか、あるいは「Second Life」に代表されるようなメタバース(死語)のようなものなのかは不明だ(ドールが「可愛い」といったセリフもあったので、前者のイメージなのかもしれないが、その後のストーリー展開からは、なんとなく後者のような気もした)。

その後10人は、一音ずつ「ラ」「イ」「ブ」「ニ」「マ」「ニ」「ア」「ワ」「ナ」「イ」と発声。我が身に起きている不可解な出来事よりも、ライブに間に合わないことが心配であるというのが、この時点での10人の共通認識だったのだろうか。やがて、水面に叩きつけられ、沈んでいくかのような音。泳ぎながらなのか、また10人が、「ト」「ウ」「キョ」「パ」「フォー」「マ」「ン」「ス」「ドー」「ル」と、一音ずつ漏らす。
やがて水底まで落下した様子なのだが、先程聞こえた音とは裏腹に、気付けば足下にたまる程度の水しかない。自分達が生きているのか、そうでないのかすら確認できないでいる中、二葉が甘栗を、紗季がコンタクトをなくしていることに気付く。
甘栗はともかく、コンタクトを探し始める10人。すると地面には、「1」「×」「0」の文字が落ちていた(初日にはシールのようなものが使われていたが、千秋楽では小道具は使われていなかった)。10人はその意味を理解していなかったが、彼女達がいる場所が閉鎖されたSNS、1×0の世界であることをほのめかしていたのだろうか。
やがて壁面に浮かび上がる、五つの扉。進むべきか悩んでいると、突然響き渡る男の笑い声。その声から逃げるためか、菜七の提案により、菜七と晏夕、星来とあかり、二葉と沙南、香帆と紗季、沙紀と桜子という5組に分かれて探索をすることになる。それぞれ、お守りの鈴を携えて。

なおEPISODE 1はこのうち、菜七と晏夕のペアを主人公とした物語で、EPISODE 2以降はそれぞれ別のペアが主人公になるようだ。

心配げな菜七と、状況を少し楽しんでいるかのような晏夕のやりとりの後、ゼペットと名乗る謎の男が出現。笑いながら「君達が私のことを知らないなんて」と、意味ありげな言葉を残し、姿を消す。混乱する2人。再び現れたゼペットは、「ここは君達が作る君達の世界」であると語る。そして手を叩いて「ウーミー」と呼びかけると、シブヤ上空を飛んでいた、あのペンギンが姿を見せる。それに向けてゼペットが発砲すると、ウーミーは消えるが、もう一度ゼペットが呼びかけると、懲りることなく姿を現す。
ゼペットによると、「この世界はゲーム」であり、「ゲームの中のキャラクターは死んだりしない」そうである。TPDの10人が落ちてしまったのは、現実ではないが現実と地続きであるSNS(ゲーム)の世界、行ってみれば1と0で構成されたデジタルな、バーチャルな世界だということなのかもしれない。

こうして続いていく、菜七と晏夕のシーン。ゼペットはほかのペアのところにも姿を見せるが、少なくともEPISODE 1では、あまり彼女達に干渉しない。なお、菜七と晏夕のシーンにおいて残りの8人は、主な登場人物の足場を作るなど、黒子としての動きに徹していた。
あちこち歩き回るうちに、(地下なのに)断崖絶壁と思しき場所に出てしまったと2人。そこにウーミーが現れ、「世界を救うためにゼペットを倒してほしい」と2人に依頼をする。その意図は不明だが、「パワーパフガールズみたい!」とテンションを上げる晏夕。晏夕はブロッサムが好きなようだ。
ウーミーが姿を消すと、入れ替わるようにゼペットが、2人とは反対側の断崖絶壁に現れる。晏夕はゼペットの持つ銃を奪うべく、そちらに向かおうとするが、なんせ足場がない。晏夕はゼペットに、そこへ行く方法をたずねると、ゼペットは「君達の考えたことが形になる」と語る。その言葉を聞き、何もない場所へ足を踏み出そうとする晏夕と、それを静止する菜七。制止を振り切る晏夕。
危なっかしい足取りながら着実に歩を進める晏夕を、菜七は追おうとする。しかし晏夕は菜七に、高所恐怖症だから無理をするなと押しとどめる。このあたりから、二人の間にぼんやりと見えていたわだかまりの種が、明確に浮かび上がってくる。

必死に晏夕の後を追う菜七に向け、ゼペットは「人間の想像力に敬意を払っている。目をつぶっても想像したものは消えない」と語る。この世界のすべては人間の想像力によって生まれたものであり、想像した方向にしか進まない。だから、落ちてしまうと思えば落ちてしまう。そんなことだろうか。
実際、落ちてしまうことを想像してしまった菜七は、必死に目をつぶってみても、一度イメージしてしまったことを消し去ることができず、落下してしまう。だが、無傷だった。
そんな菜七を、高所恐怖症のくせにどうしてあんなことをしたのかと、晏夕が責める。でもきっと、本当に責めたいんじゃない。晏夕は晏夕で、高所恐怖症であるにも関わらず、自分の身を案じてくれた菜七の気持ちが嬉しかったのだろう。だけど晏夕は、リーダーになりたかった自分が、ここぞとばかりに張り切ってしまったことに対して、少なからず後ろめたさを覚えていたのではないか。だから素直に菜七の気持ちを受け止めることができず、きつく責め立てるような言葉が口をついて出てしまったのではないか。
菜七もそうだ。リーダーとして選ばれたものの、自信を持てていない。本当は晏夕のほうがリーダーに向いているのではないか。でも今は自分がリーダーだから、晏夕のことを守らなければいけない。危険を顧みない晏夕を止めなければいけないのは、リーダーである自分だ。だから晏夕にも、時にはキツイことを言って分かってもらわなければいけない……。
決して憎み合っているわけではない。お互いの良さだって知っている。だけど素直になれない。適当なところで妥協して、折り合いをつけられるほど、大人にもなっていない。そんな二人は口論の末、別々に進んでいこうと決める。売り言葉に買い言葉とは、まさにこのことだ。
だが直後、近くにいるはずなのにお互いの姿を完全に見失ってしまう。これも、想像したことがそのまま形になってしまう世界だからなのだろうか。本当に一人になってしまったことで、急に不安になる二人。
やがて二人がバラード曲「LOST WITHOUT YOU」(オリジナル曲)を歌いながら、「会いたいと素直になれれば」と心から願うと、お互いの姿を再度見つけ出せた。抱き合って再会を喜びながら歌う、「はじまったばかり これからもよろしくね」というフレーズは、この二人が互いに向け合うものであるのと同時に、会場に新しいTPDを見るために集まった人達にも向けられていたのかもしれない。

やがて周囲からほかの8人の声。舞台上にはいるが、まだ再会には至っていないようで、それぞれのペアが、シブヤの地下に浮かぶ月を見つけ、それぞれが探索の過程で経験したことをベースに、思い思いに語る。中でも、冒頭でコンタクトをなくした紗季は、どこかで手に入れたらしきメガネを持ち、「このメガネは凄い。この世界の秘密が分かったかもしれない」と述べていた。
あのメガネがどのような経緯で紗季の手に渡ったのか。おそらく今後のEPISODEで解き明かされていくのだろうが、香帆と紗季を主人公としたEPISODEは、物語の謎が解き明かされるであろう後半に配置されそうな予感だ。

物語の最後には、冒頭の影ナレと「ダイヤモンドは傷つかない」のパフォーマンスに戻る。今度は曲の途中でノイズが混じることもなく、最後まで歌いきる。
ここではおそらく、「ローゼンメイデン」風に言うならば「まいた世界」と「まかなかった世界」のような時空のねじれが生じているような気がするのだが、このあたりの種明かしも、きっと今後の公演でされていくのだろう……と思うんだが、どうだろうか。

■Dance Summit

そこから休憩時間を挟むことなく「Dance Summit」パートがスタート。
冒頭は、さまざまな形で光と映像を同期させたパフォーマンスだ。「ももいろクローバーZが、こういうことをやらせてもらえるようになったのは、2011年末のさいたまスーパーアリーナ公演が初めてだったのに、最初の公演から、しかもこんなに小さな会場で!」と考えると、現在のTPDのメンバーの環境的な恵まれっぷりは、国内でもトップクラスではないかという気になる。
演出面が優れているというだけでなく、そこに必死で食らいついてよりクオリティの高いパフォーマンスを見せようというメンバーの気合いも感じられた。それについては素直に好感を持っている。

暗転後、立て続けに流れてきたイントロは「十代に罪はない」。1992年頃、TPDがレギュラー出演していた日本テレビ系列のバラエティ番組「HYU2」のオープニングで歌唱していた一曲。作詞は前田たかひろ、作曲は小室哲哉。小室哲哉がTPDに提供した、最初の楽曲でもある。
2013年なりのアレンジが加えられていても、さすがにどこか懐かしさを感じてしまうメロディ。あの頃10代だった自分が、今は30代で、また10代のTPDが歌うこの曲を聴くことになるだなんて、20年前には想像だにしなかった。

続いては「CATCH!!」。こちらもかつてのTPDをカバーした楽曲で、作詞は松井五郎、作曲はNSR(斉藤茂人、岡田慎太郎)。こちらもアレンジが加えられており、BPMも少し上がっているような気がした。ボックスを使ったセクシーな振り付けは、なかなか堂に入っていて驚かされたのだが、どうもサビで手を左右に振りたい衝動に駆られてしまう……。
アウトロでは、メンバー2人が黒いシルクを広げて舞台奥へ駆け抜け、シルクが地面に落ちるとステージ上には誰もいないというプチ・イリュージョン。座席位置によっては、本当に消えたかのように見えた。こういうショウっぽさは、大好物だ。

その後は2曲続けてのインストゥルメンタル曲。暗闇に白いハットとグローブが浮かぶ「TPDのBLダンス」と「TPDのボックスパフォーマンス」。BLはボーイズラブじゃなくて、ブラックライトのことだろうか……。いや、タイトルは(後述するが)HMDシートで一度見ただけなので、そもそも記憶違いかもしれない。
ちなみにBLダンスは、公開稽古のときに小道具なしで少し披露されていたもので、本番では一部の振り付けが変更されていたほか、直後に歌ではなく、ボックスパフォーマンスが組み込まれる形に変更されていた。
ボックスパフォーマンスは、四角く光る立方体を10人がフォーメーションを変えながらドラムスティックで叩くというもの。ポジションチェンジで少々粗が見えたが、それは今後への期待材料ということで、前向きにとらえておこう。
ただ、どちらにも「TPDの」と付けてしまうネーミングセンスは、少々格好悪い。決して間違ったことを言っているわけではないのだが。

そして「夢を」。これもかつてのTPDのナンバーで、作詞は松本一起作詞、作曲は前田克樹。CATCH!!同様、若干BPMが上がっているような気がしたほか、打ち込みサウンドを基調としつつもイントロではギターがフィーチャーされているなど、ロック色が強められていた印象。
そこから一気に本編最後の曲にして、新生TPDオリジナル曲「DREAMIN’」へ。明るく前向きで、希望のすき間に希望を詰め込んだようなポップソング。Dance Summit最後の曲として定着すれば、イントロのピアノだけで涙腺が刺激されそうな、そんな作品だ。
衣装は夏っぽいワンピースで、晴天が似合いそうなイメージ。楽曲、歌唱、衣装などすべてひっくるめたうえで、爽やかで良い。

アンコールは、これも記者発表会で披露された「WEEKEND PARADISE」。あの日と大きく違うのは、2番でメンバーが通路になだれ込むところ。そしてサビを一緒に歌わせようと煽ってくる。記者発表会でも叫びたくなったものだが、いざこう煽られてみると、やっぱり叫びたくなる。が、誰も叫ばないので自重。という人が、きっと自分以外にも大勢いたのではないか。
公演最終日の昼公演で、「最後は立とう」という合意が形成されたこともあり、千秋楽ではこの曲のみ総立ちに。個人的には観客がステージに介入することを強いる演出があまり好きではないのだが、最後ぐらいなら快く付き合いたくなるし、何よりメンバーが嬉しそうだったので、ちょっと良いことをしたような気分にもなってしまった。一日一善にはカウントされっこないが。

■一つ一つのシーンはいいのに、トータルで長く感じる

EPISODE 1を複数回見て、完全に満足できたかというと、そういうわけではない。途中でリピーターチケットを買い足してしまうほどの楽しさ、そして何よりTPDの今と未来をできる限り目撃したいという気持ちが芽生えたのは確かだ。
では、どこに不満を感じたのかというと、演劇パートそのもの。TPDメンバー、とくに今回の主人公であった菜七と晏夕の演技には拙い部分こそあれ、熱演という表現がぴったりだったように思う。黒子に徹するほかのメンバーの動きも、かなりの稽古を積んできたであろうことがうかがえた。誰もがこのグループでの初舞台とは思えないレベルだったし、それでいて伸び代までしっかり見えるというのは、素晴らしいとしか言いようがない。
プロジェクションマッピングを採用した今っぽい演出、それにピッタリはまったさまざまな音響効果、BGMの使い方などにも品があり、ただのアイドルのステージ以上のものをきちんと作り上げようという意志が表れていたように思う。
ただ、演劇パートでは長さを感じてしまった。先に長々と書いてしまったが、ざっくりまとめると「10人の少女がシブヤの地下水路に落下。5組に分かれて脱出を試みる。そのうち2人はリーダーに選ばれた少女と、選ばれたかった少女。苦難に立ち向かううちに、かねてのわだかまりが噴出して衝突する2人。しかし決裂してみて分かったのは、お互いの大切さだった」といった内容だ。その過程を丁寧に描こうとしているのは分かる。
ただ、そこにSNS「1×0」に関連した謎や、ほかの8人のパーソナリティ紹介などを配置していった結果、情報量が膨大になってしまっているのに、一つ一つを丁寧に説明しようとしすぎているのではないか。
情報量が多すぎて物語が破綻しているというわけではなく、1時間以内にうまくまとめる手腕には賛辞を送りたいのだが、それでも実時間より長く感じられてしまった。一つ一つのシーンを切り出して思い出してみると、良いシーンはいくつもあるのに、トータルではなんだか長く感じてしまう。実際、千秋楽にはいびきをかいて眠り込んでいる観客すらいた。

一方、Dance Summitパートについては、とくに不満はない。懐かしい曲が今風のアレンジで新しく生まれ変わり、それを今のTPDが生き生きと歌い踊る姿は、ただただ楽しい。歌もダンスも、そこそこのレベルには達しているし、もっともっとうまくなっていくんだろうなという期待感も抱かされた。
BLダンスで晏夕がハットを落としてしまった直後、菜七がいいタイミングで拾うシーンなどは、演劇パートとの連続性すら感じられるなど、ハプニングすらも味方に付けているような、そういう目に見えない勢いのようなものだって、そこにはあった。
最初から最後までノンストップで合間にMCもなく、衣装の早替えもあったり、パフォーマンスそのものも見せたりと、かつてのTPDのフォーマットをある程度踏襲していると感じたのだが、それでも「これはTPDではない」と言う人はいるだろう。
いつかその人達が実際に会場に足を運んだときに、「これもTPDだ」あるいは「これもTPDかもしれない」ぐらいのことを思わせられるような、そういう存在になるのかも? ぐらいのことは思えたし、今後も思い続けたい。

また、この一連の公演では、客席後部の2列がHMDシートとなっている。HMDシートでは、エプソンの透過型ヘッドマウントディスプレイ「MOVERIO」を観客が装着することで、ステージを見つつ、特別な情報を同時に受け取れるという試みだ。あくまで実証実験という位置付けだったのだが、確かに実験の域は出ていなかったように思う。
というのも、HMDシートを使用するのは、Dance Summitパートのみ。十代に罪はないでは、曲中でウーミーがコールのタイミングを指示。夢をでは、ボーカルを担当しているメンバーの夢(菜七「47都道府県ツアー」、星来「肉の食べ歩き」、あかり「動物とMVを撮りたい」など)が表示されていた。そのほかのタイミングでも、オフショットやメッセージなども映し出されていた。
こうしてメッセージや写真などの類を、一部の人にだけ見せるという試みは、見た側の選民意識も若干ながらくすぐられるのだが、文字情報が表示されていると、それを読んでしまうため、ステージ上のパフォーマンスへの集中力が阻害される。文字情報ではないにせよ、ステージとあまり関係のない情報を気持ち良く受け取るのは、至難の業だ。
極論すれば、HMDに映していた各種情報は、ステージ上にスクリーンを配置し、そこに映しさえすれば良さそうな内容だった。だいたい、後部の座席の観客がコールを指示されて、すぐに対応できるかというとはなはだ疑問である。
とはいえ、こうした試み自体は面白いだけに、今後の使いこなし方には期待したい。HMD自体がもっと進化して、「ドラゴンボール」における「スカウター」のように、メンバーの戦闘力が表示されたりしたら……面白くはないか。

■もうこんな長いのは書かないと心に決めた

千秋楽のアンコール後に行われたMCでは、菜七が「お金を払ってくれたお客さんの前で、それに見合うものを見せられるかが心配だった」というような話をしていた。それを聞いたとき、ステージを眺めながらこのグループに感じていた「ほかとは違う何か」の正体が見えたような気がした。

それはきっと、「舞台に立つ者としてのプロ意識」なんだろう。ただ表現をするのが好きだから、舞台に立つのではない。舞台を見に来る人のほとんどは、日頃、仕事をしてお金をためて、時間も調整して会場に足を運んでいる。だからこそ、ちゃんとした、楽しんでもらえる作品を作り上げたい。そういう思いがあったのだろうし、それはきちんと伝わってきた。
きっと周囲の大人達も、彼女達にそのことをきちんと教え、腹をくくらせるために心を砕いてきたのではないかと思う。プロのエンターテイメントの世界では、当たり前のことかもしれない。
とはいえ、TPDは最初のステージから、それをきちんと理解し、実感できていたのではないか。そう思うとますます、EPISODE 2以降の彼女達の進化が楽しみになってくるのだ。(敬称略)

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